下町グルメあるきそしてゴーギャン展
「頭と胃袋」に栄養をたっぷりと
空には鰯雲が流れ、肌をなでていく風はさっぱりとした初秋の風だ。
今日は時間をぎゅっと凝縮した計画で楽しい一日が始まった。
まずは、神楽坂界隈をぶらぶらと散歩する。
ランチ迄には少し時間があるので、ご利益をいただきにお寺にお参りをする。
「久しぶりの金粉会が無事に楽しく過ごせますように・・・」
この辺りも老舗がなくなり街の感じがずいぶん変わっている。
夏目漱石や文豪達が好んで行ったといういう「田原屋」も無くなってしまった。
一抹の淋しさが残る。
以前、夫と訪れて洋食を食べ、コーヒーを飲んだ思い出がある。
変わらないのは、瀬戸物屋さん、漆器屋さん。並んでいる。瀬戸物屋さんの軒には風鈴がチリチリと涼 しい音色を奏でている。
丁度良いランチタイム!
路地をひとすじ入って友人が探してくれた洒落たお店で、おいしい和食のランチをいただいた。
音楽が今ひとつの動画だが、記念になるかな?と思いUPしてみた。
前半はランチタイム、ゴーギャン展の後は森下町界隈の花などを写真に撮ったものである。
これから、夕飯迄は「頭と心」に栄養を入れに「東京国立近代美術館へ向かった。
「ゴーギャン展」
「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」
ゴーギャンの最高傑作、日本では初公開である。
(公式hpは http://www.gauguin2009.jp/items.html )
この横長の絵は右から左へと人間の誕生から死迄、また文明と未開といった、ゴーギャンの深い感情や思 索を哲学的に表現している。
ゴーギャンは35歳位から印象派のピサロから影響を受け絵を始めたがほとんどが独学で自分の絵を確立していった。
最初はほとんど売れず栄養失調になるほど貧しかったらしい。
ゴッホという友を得るがともに個性の強い性格で、共同生活で制作したのは、たったの2ヶ月くらいだったそうだ。
その後ゴッホは自らの命を絶ち、ゴーギャンは楽園を夢見てタヒチへ移住する。
しかし、すでに夢の楽園はなく、2年足らずでフランスへ帰るがパリの美術界には受け入れられず、愛娘の死も追い討ちをかけ、再びタヒチへ移住する。
彼の主な作品は、この二度目のタヒチでの制作がほとんどだそうだ。
彼はこの後もタヒチから千数百キロも離れたマルキーズ諸島に移住しこの地で最後を終えた。
54歳で亡くなっているが、絵が売れ始めたのはその2年位前からだそうである。
漂白の定めを持った個性の強い芸術家の、そうせざるを得ない心の叫びが、絵を見る者に
迫ってくる。
「女性と白い馬」
は自分の死を予感してか、丘の上に描かれた白い十字架と白い服の優しい女性が印象的だった。
凡人には迫り来るものが強すぎたせいかちょっと重かった。
「そういえば、ゴッホ展もこの美術館で見たね。何かつながりを感じるね」
と、Nonさんが外へでた時呟いた。
さて、気分を変えてメインの森下町へ移動する。
老舗の味を存分に味わって、お酒も頂き、楽しいおしゃべりに花が咲き、平凡に生きる幸せ
をこころゆくまで満喫して、充実した一日が終わりました。
外へでると、通りの提灯に明かりが灯っていました。
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紫陽花はなかなか写真にするのが難しい。
この2冊の本は、内容が全くジャンル違いなのであるが、久しぶりに感動したり、自分とは生き方の違う主人公が面白いと思った本である。




























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