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ヨーロッパ旅日記「スロヴェニア」

スロヴェニアの魅力

旧ユーゴスラビアの頃の地図は現在はスロヴェニアとクロアチアそしてボスニア・ヘルツエゴビナそしてモンテネグロという国々の位置関係になっている。

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クロアチアとスロヴェニア国境は見にくいが、下記の地図に示す。

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国境といっても一本の道路でつながっているので、我々日本人にはぴんとこないものである。

クロアチア側はパスポートを運転手さんが事務所のような所へ一括して持ってゆき本人照合のチェックはなく遮断機が上がった。

バスはそのまま3.40メートル進み、今度はスロヴェニアの入国審査である。

制服を着た検査官がバスに乗ってきて、一人づつパスポートと顔を見比べながらスタンプを押していく。

日本人はまして年配の女性ばかりなので安全度は問題なしということなのか、事務処理はスムーズに運ばれた。

窓の外はスロヴェニアの国旗が翻っていた。窓から撮影。

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そして出発!

緑豊かな田舎の風景を車窓から見ながらひたすらはしる。

(この4枚は窓から写したもので少々ぼけていたりしている)

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クロアチアは日本の九州の1・5倍くらいスロヴェニアは四国ぐらいの面積である。

スロヴェニアは地図を見ても分るがイタリア、オーストリア、ハンガリー、クロアチアと国境を接している。

アルプスを越えたスイスや、オーストリアの反対側にありその風景はスイスにも劣らないくらい素晴らしいそうで、ユリアンアルプス(スロヴェニアではサニーアルプス)日の当たるアルプスと呼び、誇りにしているそうだ。

ユリアンアルプスの最高峰トりグラフ山は一年中雪があり、夏は山登り冬はスキーと、観光客で賑う。

又、ユリアンアルプスはクロアチアのデイナルアルプスへと連なり、山岳の地形を形成している。

スロヴェニアの歴史は古く、常に外からの圧制者に支配され続けた苦しみの連鎖だった。

南西のイストラ半島は海を挟んでヴェネチアの向かい側に位置している.

そのため15世紀にはヴィエネチア国に攻め入られた。

受難の歴史はイタリア文化を伝え、世界的芸術家を多く輩出してきた。

その頃のアドリア海の沿岸はヴィエネチアが支配をしていたため、その名残が現在も色濃く残っている。

また、ヨーロッパ第一、世界の5代鍾乳洞に入る、ホストイナやシュコツイヤン鍾乳洞など

6000箇所に鍾乳洞が存在する。

        

スロヴェニアは1991年6月、旧ユーゴスラビアから念願の独立をとげた。

歴史上一度も国家を持たなかった国が始めて世界地図に名を記した。

経済も安定しているこの国はEU連合国の中でも注目されている。

 つづく            次回は首都リブリャナです。

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」No5

ザグレブ市内観光

旧市街から新市街へ降りるのに、便利なのがフリクラというケーブルカーだ。

坂道を重い荷物を持って歩くのは大変である。

観光用にもなっているが、市民の足でもある。我々も乗車して新市街へ。

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丁度降りたところに小学生達がいて、これから旧市街へ見学に行くところであった。

上に見える小さなブルーの箱形がそうである。

高低差ガイドブックは20メートル、ガイドは50メートルと言う?

いずれにしても乗車時間は片道30〜35秒くらいでアツという間に到着!

イエラチッチ広場へ

徒歩でイエラチッチ広場に出る。 Dsc_0566_2

市の中心に位置する広場でユーゴスラビア時代は共和国広場と言ったそうである。

一年をとうして様々な催しが開かれるそうだ。

高いビルが建ち並びたくさんの人が行き交いにぎやかである

店はブランドものや、お洒落な帽子屋さん洋服屋が並んでいる。

銅像は歴史に名を残した、イェラチッイ総督。

17世紀に作られた泉と噴水の周りには沢山の人が腰掛けて我々を珍しそうに眺めていた。

(日本人の団体観光客は少ないらしい)

この日のガイドさんが、年を取った花売りのおばあさんから花を買ってあげていた。

(周りには大きな花屋さんがいっぱいあるのでした)

優しい彼女の心にうたれて、そっと写真を撮らせてもらいました。

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そして次は又、坂を上がり庶民の胃袋を満たす「ドラツ」市場へ。

(旧市街にある) 赤い鮮やかなテントが広場いっぱいに広がっている。

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野菜、果物、(この時は丁度苺の穫れる季節だった)

苺も山に詰まれ1キロ単位で売っている。

シスターも苺のお買い物!

そしてここからも、シンボルが見える

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あまりに美味しそうなので、苺の買い物をする。

言葉は英語が通じないのでボデイランゲイジで500グラム欲しいと言うと分ってくれたらしく「やーやー」と言いながら昔の重りを乗せる秤で計ってくれた。

お金を渡すとおつりをくれて、おまけの苺を3ヶ手に乗せてくれた。

「ホウヴァラ」(ありがとう)と言うと笑顔で「モリム」(どういたしまして)と返ってきた 現地の人と会話を楽しんだ一時である。

少し離れた所にある建物は魚や肉等を売っている。

このイワシは値段も安くとても新鮮、お刺身でも良さそうだ。活気がある。

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こうして、遅い昼食を終えて、ザグレブを後にスロベニアへと向かう。

クロアチアには又戻ってくるのであるが、スロベニアはここからの方が近いらしい。

      つづく

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」No4

ザグレブ市内観光  

 聖マルコ教会

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この教会は元々は13世紀に建てられ、1880年に改修された時この美しい屋根が作られた。

屋根の模様は向かって左はクロアチア地方(赤白チェック)、ダルマチア地方(3頭のライオン)、スラヴォニア地方(星、動物のテンサヴァ川)、の紋章でクロアチアを構成する5つの歴史的な地域のうち3つの地域の紋章を表している。

左はザグレブ市の紋章を表している。

材料はハンガリーのジョルナイ工房で作られたセラミックのタイルである。

空気が澄み、抜けるような青空にくっきりと浮かび上がる様子はとても印象に残った。

この辺りはザグレブの行政の中心地域で聖マルコ教会の両側に歴史的な建物が2つ建っている。

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この建物はクロアチアの歴史にとって重要なところで

1918年オーストリア、ハンガリー帝国からの離脱、その年クロアチア、スロベニア、セルビア王国建国、

1919年ユーゴスラビアからの離脱を決議後、それぞれの宣言が行われた場所、

このバルコニーで行われた

クロアチア国会議事堂(写真)

もう一つは現在のクロアチア政府官邸が建っている。

どちらにも、警備員が一人立っているだけで、街の平安がよく理解できた。

クロアチアの首都ザグレブという都市の成り立ちは丘の上立てられたカプトルとグラデツという中世都市が起源で17世紀に二つの都市を合わせてザグレブと呼ばれるようになった。

現在はこちら側を旧市街と呼び、19世紀以降イリツア通りより南のほうが鉄道などの敷設で急速に発展したところを新市街といっている。

この2つの街は50メートルの高低差がある。

この2つの街を結ぶのが、世界で一番短いケーブルカー「フリクラ」である。

さてザグレブ市庁舎を後にグラデーツ地区を囲んでいた城壁の見張り塔へ来るとここから新市街が一望できる。

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赤い屋根がつづく街を眺めていると何処からか郷愁を感じさせるギターの音色が聞こえてきた。

あたりを見回すと通りの向こうに一人のミュージシャンがギターを弾いている。

現地のガイドさんに通訳してもらいながら、「これは自分が演奏しているのだ」と言うCDを3枚買った。

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                      つづく

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」No3

ザグレブ市内観光

「聖母秘昇天大聖堂」

聖母マリアと聖ステファンが奉られている

13世紀に建てられ19世紀に現在の形に修復された。

天高く空に向かって聳えたつ2つの塔はザグレブに辿りつく旅人達達をほっとさせるという。

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ミサノ始まりを告げる鐘の音を聞きながら中へ入る。

美しいステンドグラスがひと際眼を引く。

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(中はかなり暗いため上手く写せない)

中をもっと見学したかったが、静かに祈る人たちの邪魔にならないようそっと外へでた。

クロアチアの宗教はローマ・カトリックが88%その他セルビア正教などがあるらしい。

外へでると目の前の広場には、青空に向かってマリア像が立ち、市民の平安を祈るかのように見下ろしていた。周りの建物の屋根がレンガ色に輝いている。

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新市街から旧市街へ移動するため散策していると、

ハートの形をした 可愛いペンダントや、雑貨を売るお店などが目に付いた。

♡♥(ハートマーク)はクロアチアのシンボルマークだそうだ。

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細い石畳の路地の端に出た。

ぱっと視界が開け色鮮かな建物が目の前に現れた。

「聖マルコ教会」だ。

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13世紀に建てられた。

詳しくは次回へ

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」No2

ザグレブ市内観光

クロアチアのほとんどの町の公共交通機関は市内バスらしいが、ザグレブは「トラム」という路面電車が走っている。 街の中の建物や雰囲気に色や形がマッチしていてお洒落である。

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個人旅行をするなら、こんな「トラム」に乗ってゆっくり街を眺めてみたい。

さて、クロアチア国立劇場の周りにはオリエント急行の停車駅、駅の正面には、10世紀クロアチア王国を建てた初代国王の巨大な銅像が立っているトミストラフ広場がある。

そしてミマラ博物館(世界各国の遺跡の発掘品のコレクター、アンミ・ミマラ氏のコレクションを展示)、などを車窓から見学した。

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バスを降り街の中のあちこちから見えるザグレブのシンボル、105メートルの2つの塔を持つ大聖堂へ向かう

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正式な名前は[聖母秘昇天大聖堂」という。 外観は13世紀から18世紀にかけて建てられたが、1880年に地震に遭い現在のネオゴシック様式で再建された。内部はルネッサンス様式の祭壇、バロック様式の説教団等があり厳かな雰囲気が漂っている。

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」

クロアチアの首都ザグレブ

今回の旅は15日間という今までにない長旅であった。

旅行会社は 札幌の旅行会社で、この会社は社員が7名という規模は小さいが大きな会社が行かない所へ行くという事を聞いていた。

旅の初日、成田空港で出会ったメンバーは添乗員を入れて女性ばかり12名でまず驚いた。

80歳代が3名、70歳代が4名くらい、後は60代で添乗員の方が唯一30代という見事なメンバーであった。

出発から7時間の時差のあるクロアチアへの出発となった。

まずはドイツのフランクフルトで乗り継ぐ。

この空港は2回目だ。

くにちゃんのお姉さんとチュニジアへ行った時もここで乗り継いだ事を思い出した。

そういえば、この近くのホテルで食べた「フランクフルトソーセージ」がとてもおいしかった。食べ物の印象は強い(笑)

そして、クロアチアの首都のザグレブへ。

2日目

朝、5月のザグレブ市内はまだかなり気温が低く10度くらい。

昨日の雨も上がりすっきりした青空が広がる。

今日は市内観光。 これから、ず〜とバスで4カ国を回る事になる。

まずは19世紀〜20世紀初めのオーストリア、ハンガリー帝国時代の建造物が立ち並ぶ新市街地区を車窓より見学する。

一番印象的な建物は19世紀終わり頃、ウイーン出身の2人の建築家によって建てられたクロアチア国立劇場であった。

屋根にはクロアチアの国旗が風になびき、クリーム色のエレガント、かつ重厚な感じがする建物である。

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続きは次回へ

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