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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」NO6

「スロヴェニアから再びクロアチアへ」 

イーストラ半島のリゾート地 「オパテイア」から「プーラ」

以前の記事「スロヴェニア」 http://0628.cocolog-nifty.com/blog/2010/06/post-4c6c.html

の地図を見ると、オパテイアの位置がわかる。

スロヴェニアから地続きの国境を越えてすぐの町がオパテイアである。

ここはオーストリア、ハンガリー帝国の時代から王侯貴族が訪れていたクロアチア屈指の高級リゾート地だ。

海沿いの通りには瀟洒なホテルが並んでいる。

ここを起点にして日帰りのハイキングやマリンスポーツなどを楽しむのに良いところらしい。

私もここに2連泊する事になっている。

わたしが宿泊したホテルは あまり広くない坂道に面したおしゃれなホテルなのだが、リゾート地のため土地が高価なのだろう、 フロントも狭くカフェのようなところで、デイナーも朝食もとった。

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私の部屋は窓から海が眺められる素敵な部屋だった。

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「これは部屋の窓からみた朝焼けの海」

翌朝はここから、イストラ半島の最大の町、最南端にあるプーラ迄バスで移動し見学する。

「プーラ」

この町はギリシャ神話のイアソンとメデイアによって奪われた黄金の羊毛を取り返しに派遣された、コルキスの民が築いたという伝説が残っている。

まず旧市街のセルギ門から入る。

コリント様式とヘレニズム様式の石門。紀元前1世紀頃プーラの有力者だったセルギ家によって建設された。夏は門前でシアターやコンサートなどが上演される。

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ここから小さな通りが続いて、両側に店が並んでいる。

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突き当たったところが、かっての公共広場(フォーラム)で、アウグストウス神殿がある。

フオーラムに建つこの美しい神殿は、紀元2~14年にかけて、初代ローマ皇帝アウグストウスの治世を称えるために建てられた。。

すっと伸びたコリント式の円柱が一際印象的である。

時代とともに教会や食物貯蔵庫などに姿を変え、今は考古学博物館としてローマ時代の彫刻などが展示している。

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この広場の一角にあるオープンカフェで、エスプレッソコーヒーを一杯のみ休憩。

ハンサムなお兄さんがにっこりと笑顔で歓迎してくれた。

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ここから、プーラの一番の見どころ円形競技場へ向かう。

「円形競技場」

1世紀に建てられた。プーラの象徴的存在。

クロアチアで最も保存状態が良いローマ時代の遺跡。

ローマ時代には闘技場として使われ、剣闘士たちが血なまぐさい戦いを繰り広げ、市民達を熱狂させた。

ローマ(コロッセオ)やチュニジアにも、円形競技場があるが、いずれもローマ帝国の力を感じる遺跡である。

この競技場は楕円形で長径130m短計100mあり2万5000人を収容できる。

コロッセオは50000人収容できたそうだ。さすが規模が違う。

外壁のアーチは3層になっていて、形も美しく現在はオペラコンサートやプーラ映画祭なども行われている。

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このあと石畳と、坂の街ロヴィイーニへ   つづく

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ヨーロッパ旅日記「スロヴェニア」NO9

ポストイナ鍾乳洞」

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スロヴェニアは8500個以上もの鍾乳洞があるが、ポストイナ鍾乳洞はヨーロッパ最大の大きさを誇るカルスト地形の鍾乳洞である。

また美しさでは世界一といわれる。

全長27mもあり、その歴史は約10万年程前から少しずつピヴカ川の水を吸収し、石灰岩が吸収されていったものである。

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まずは、黄色いトロッコ電車に乗って、地下深く進んでいく。約2キロ10分くらい。

「写真4番目」

暗い中から大小の数え切れない石筍を見ながら進んでいく。

トロッコを降りて今度は徒歩で進む。

かなり登り下りしながら見学した。

大きなホールと呼ばれる洞窟がいくつもある。

中は撮影禁止のため、日本人用のパンフレットの写真とガイドブックのものしかない。

鍾乳石の種類では世界一といわれるだけに豊富だ。

まず「ポストイナ鍾乳洞のダイヤモンド」と呼ばれるブリリアント鍾乳石。

「写真の1番目」

白く滑らかな表面が暗闇でキラキラと輝いている。美しい!

そして「スパゲッテイー」と名ずけられた白い管状で上からぶら下がった鍾乳石、

向こうが透けて見える「カーテン」という鍾乳石。

色も黄色や赤茶、灰色など、水分中にとけている成分によって様々な色を見せている。

鍾乳洞内を華やかに飾る巨大で多種多様な石柱郡。

中国や沖縄や山口県にも鍾乳洞はあるが、これほどのものははじめて見る。

最後に「コンサートホール」と呼ばれる広い平らになった所に出た。

ここはポストイナの中で一番大きなホールだ

180年位前から会議やコンサート、ダンスショウーなどの会場として使われていた。

高さ約40メートル、面積は300平方メートル、1万人を収容できる。

洞窟は音の反響が良く約6秒間の残響を取り込む。

時には重要なクラシックのコンサートが開催されることもあるそうだ。

ポストイナ鍾乳洞の生態系はどうなっているのか?

カルスト地形の地下世界にも多数の生物が生息している。

甲虫類をはじめとして、バッタ類、蜘蛛、ザリガニ。ムカデなどが発見されていると知って驚いた。

最も有名なのが「写真2番目」の白い「類人魚」と呼ばれる両生類だ。

目はすっかり退化して盲目で、エラ呼吸と肺呼吸をつかいわけるという。

一年近く食べなくても生きていけるという珍しい生き物だ。

寿命が長く80年から100年くらい生きられるそうだ。

p>デイナール山脈のカルストを流れる地下水にしか生息していない。

この類人魚は卵で繁殖するらしいが、生息する環境で観察が困難なため確かなことはまだ分かっていないそうだ。

暗い水槽の中にそれらしいものがいたが、これは観察用でまた2ヶ月するとはなされるそうだ

コンサートホールからまたトロッコ電車に乗り出口へ

鍾乳洞は自然が作り出す神秘な世界であった。

現実の世界には可愛いガラス瓶に蜂蜜を入れてを売っているお店や、熊のアイスクリーム自動販売機もあった。

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 そして、スロベニアからクロアチアのオパテイアへ

         つづく

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