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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」NO9

「クロアチア最大プリトヴィッツエ国立公園」へ

オパテアの町を朝出発し、専用バスにてプリトヴィッツエ国立公園へと向かった。

オパテイアから山岳地帯へ入って3時間くらいかかる。

首都ザグレブから南へ約110Kmに位置する。

バスは緑豊かな小高い丘を走り、小さな村や港町を越えてひた走る。

途中でバスが故障すると言うハプニングが起きてしまった。

運良くバス会社の整備工場が近くにあったので、ここで修理をかねて休憩した。

会社の食堂に案内してもらい、思いがけず飲み物のサービスがあり私は美味しい赤ワインをご馳走になった。

そして地元の人たちが働くところを、見せて頂いた。

再びバスへ。

途中バカーラの入り江を見下ろす展望台で休憩する。

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しばらく行くと道に迷ってしまった。

この辺りに大型バスが入って来るのが珍しいのかベランダから赤い服の女性が見ていたので、道を尋ね無事出発。

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内陸へかなり入っていく。

緑は一面に野山を覆い、あちこちで牛や馬が放牧されてのどかな風景が展開されていく。

しかし、プリトヴィッツエ公園に近くなってくると内線の爪痕が痛々しく残っている風景が見られた。

公園の入り口に到着したのはもう午後2時近くであった

「プリトヴィッツエ湖群国立公園」

写真で<はこの雄大な風景を写しとる事は無理であるが、記念に撮影してきた。

この風景は偶然パンフレットになっている景色

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この国立公園は、マラ・カペラ山脈とリチカ・プリェシャヴィツア山脈に囲まれたリカ地方の端に位置する。

クロアチアにある8つの国立公園の中で最大の広さがある。(294、82平方メートル)ある。

1979年にユネスコ世界自然遺産に指定された。

その後 1990年代内戦による被害で危機にさらされた時期もあったが、現在はすっかりもとの幻想的な姿に蘇っている。

エメラルドグリーンの大小16の湖が点在し、92カ所の滝がある。

この国立公園の成り立ちは神秘的だ。

起源は数百万年前に遡るとといわれる。

氷河期に黒川と白川が現在の上湖群にあたる渓谷に流れ込んだ。

寒暖を繰返す気候が、石灰華の成長を促す好条件となり、あちこちに石灰華を堆積。

それが堰堤となって水を堰止め、それを乗り越えた水が石灰華の新たな層を作り出した。

こうしていくつもの湖が長い歳月をかけて誕生し変化させながら滝や渓谷を形成し、壊してきた。

約200万年前の洪積世には上湖群に溜まった水が強い勢いで浸食した為に岩石が浸食され現在の下湖群が形成されたと考えられている。 

こうして上湖群、下湖群の2つの湖群を持つ現在の姿が出来上がったと考えられている。

この公園は高低差が少なく家族連れや年配の人が散策するのにもボードウオーク(木道)が整備されているので歩きやすい。

カルストが作り出す神秘なエメラルドグリーンの湖は訪れる人を魅了する。

上湖群へはコジャック湖を渡る電動ボートに乗って遊覧しながらも行ける。

勿論時間と体力があればハイキングも楽しいところである。

エメラルドグリーンの下湖群を縫って歩く

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滔々と流れる清流の音を聞きながら進む

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本文下へ続く

マイナスイオンがいっぱいのいくつもの滝

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」NO8

ローマ時代の街「ポレチ」

ロヴェイーニを後に海岸線を少し上に位置する街がポレチである。

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イストラ半島の西岸に位置し、ローマ時代からイストラ半島の政治的中心地として栄えてきた。

ローマ時代以降はビザンツ帝国、ヴェネツイア共和国、オーストリア、ハンガリー帝国と様々の国家の支配を受けてきた。

旧市街は歴史を経てきた多くの建築物があるが、6世紀初頭ビザンツ帝国時代の建物

「聖エウフラシス大聖堂」

(1997年ユネスコ世界文化遺産に登録)が特に見所である。

6世紀、エウフラシス司教の指揮下で建設された。

この塔の上から市が一望できるらしい。

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入り口の門

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教会の中に入って驚いた。

内部は黄金に輝く一面のモザイク画。

精巧な石膏細工は、ビザンツ帝国の力と美意識に目を奪われた。

写真では表現できるものではない

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主祭壇の天井近くには「キリストと12使徒」が描かれている。

そのしたの半円形の部分に、子羊を真ん中に殉教した12人の聖女の画、

中心部は聖女マリアに抱かれたイエスを囲む天使と聖人達。

周りの壁や柱 のモザイクも素晴らしい

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モザイクの主祭壇の床

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中庭を横切り初期キリスト教時代(3世紀頃)に建てられた

洗礼堂

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その頃の遺跡のある博物館

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遺跡の数々

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ポレチの街の表情

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石畳の綺麗な街、カラフルな港町を後にした。  

 明日は雄大な自然を満喫するプリトヴィツエ国立公園へ 

 つづく

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ヨーロッパ旅日記「クロアチア」No7

「イストラ半島の小さな町ロヴィイニイ」

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ロヴィイニイはポレチェとプーラの間に位置する港町である。

旧市街は中世の雰囲気をよく残している。

ローマ時代はルビニユウムと呼ばれた歴史ある町だが、ヴェネツイア共和国の時代16世紀から急激に発展してゆき、町は岬の部分に作られ、城壁を巡らせ要塞になった。

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この町の旧市街は中央部が盛り上がった丘になっていて、

頂上には聖エウフエミア教会が建ちそしてひと際高く建つ塔は60mもありロヴィニイのランドマークとなっている。

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カラフルな建物が建ち並ぶチトー広場を横切り、石畳と坂が続く旧市街へと入ってゆく。

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さて旧市街に入る入り口になるバビル門には、サン・マルコのレリーフのライオンが描かれている。

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古い石畳はどれくらいの人が歩いたのだろう?ピカピカと光っている。

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「聖エウフェミア教会への道」

いくつかの角を曲がり、道幅の狭い路地にはお土産屋さんもある。

急な石畳を登ると見晴らしのよいところに出る。

中には自転車を担ぎながら上がって来る人もいた。

教会の中へ入る。

この教会には悲しい話がある。

ローマ時代皇帝の迫害によって殉教した一人の少女が石棺に入れられ、海に沈められた。

その名をエウフエミアという。

勇気ある二人の少年が石棺を引き上げ、教会の主祭壇に安置して、町の女神として祀った。

壁画にはその様子が描かれ、美しいステンドグラスが周りを取り囲んでいる。

モザイクの花柄が刻まれている石棺が、主祭壇に置かれている。

海からもこの塔はよく見え、沖を行く船を見守っているようだ。

教会を後にして、坂道を下るとさすが港町木の古い船が人家の玄関に横付けされている。

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海沿いの道にはサッカーのTシャツを並べて売っていたり、スパイスを売っていたりして楽しい。

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この近くのレストランで昼食を食べた。

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     午後はまた少し離れた町ポレチへ    つづく

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